「契約書に『保証金』と書いてある。敷金とは何が違うのか」
このように感じている方は少なくありません。そして店舗の契約では、この疑問の立て方そのものが答えから遠ざけます。
結論から申し上げます。敷金と保証金に、法律上の違いはありません。民法は名称ではなく実質で判断すると定めています。
違いが出るのは契約書の償却条項です。同じ300万円を預けても、償却の書き方ひとつで戻る額が数十万円変わります。見るべきはそこだ。
この記事では、ナイトビジネス専門のM&A仲介として賃貸借契約書と保証金の精算を扱ってきた立場から、入る時にいくら払うかと出る時にいくら戻るかを条文と当社の実データで整理します。居抜き・事業譲渡で店を譲ったとき保証金が誰のものになるかまで解説します。
【結論】敷金と保証金に法律上の違いはない|違うのは契約書の償却条項
2026年現在、この論点を名称の問題として説明している記事が大半です。実際には名称は判断材料になりません。
民法第622条の2第1項は、敷金をこう定義しています。
「敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)」
条文が「いかなる名目によるかを問わず」と書いている以上、契約書の表題が保証金でも、担保目的で預けた金銭なら法律上は敷金です。関西だから保証金、関東だから敷金、という説明は実務上の呼び方にすぎません。
名前が違っても性質が違うとは限らない
店舗の契約書に出てくる一時金を整理します。判断の軸は「返ってくるか」の一点です。
| 名称 | 返還 | 法的な位置づけ | nightmaの評価 |
|---|---|---|---|
| 敷金 | 債務を差し引いた残額が戻る | 民法622条の2の敷金 | 名称としては最も素直 |
| 保証金 | 償却分を除いて戻る | 担保目的なら法律上は敷金 | ★店舗で最も多い。償却条項とセットで読む |
| 礼金・権利金 | 戻らない | 賃借権設定の対価 | 最初から費用。預け金と混同しない |
| 建設協力金 | 契約により返還 | 貸主への貸付けの性質 | ロードサイド等で登場。別物として扱う |
したがって読者が本当に確認すべきなのは、名称の欄ではありません。償却・敷引きの条項がどう書かれているかだ。
店舗の保証金はいくらか|当社データ372件の中央値は賃料6か月

相場を示す記事は多いものの、根拠が示されているものはほとんどありません。当社が収集した実データで示します。
調査の概要
数字の出どころを先に明示します。公的統計ではなく、当社が扱う市場の集計です。
- 対象=ナイト店舗・飲食店舗の募集条件および契約条件
- 件数=372件
- 集計時点=2026年8月
- 性質=当社の市場相場データベースの集計。公的統計ではありません
結果|中央値は賃料6か月分
分布は次のとおりです。レンジを持って見てください。
| 指標 | 賃料に対する月数 | nightmaの評価 |
|---|---|---|
| 中央値 | 6か月 | ここを基準に資金計画を立てる |
| 第1四分位(Q1) | 4か月 | 軽い部類。条件の良い物件 |
| 第3四分位(Q3) | 8か月 | 重い部類。初期費用が跳ねる |
保証金だけで賃料の4〜8か月分が動きます。月50万円の物件なら200万〜400万円だ。内見の段階で条件を確認せずに進めると、資金計画が壊れます。
【NightMA 専門家の視点】
業界メディアでは「飲食店の保証金は賃料10か月が目安」という記述を見かけます。当社が確認した範囲では、その根拠となる調査の件数も時点も示されていません。
当社の372件では中央値6か月で、10か月は第3四分位の8か月すら超える重い水準です。根拠のない相場観で物件を見送ると、機会のほうを失います。
逆に「保証金は安いほど良い」とも言い切れない。保証金が軽い代わりに賃料が高い、解約予告が長い、といった形で条件は釣り合っていることが多いからです。総額で比べてください。
償却(敷引き)は何か月か|当社の契約書は記載のある4件すべて賃料2か月
償却は、預けた保証金のうち最初から返さないと決まっている部分です。ここが戻る額を直接削ります。
条項の書き方は契約ごとに違います。「保証金償却20%」「解約時償却3か月」「毎年20%償却」など、同じ趣旨でも表現が揺れます。
実データ
当社が扱った契約書と、市場相場データベースの両方を示します。
| データ源 | 件数 | 償却 | nightmaの評価 |
|---|---|---|---|
| 当社が扱った契約書のうち償却の記載があるもの | 4件 | 全件が賃料2か月 | 件数は少ないが完全に一致した |
| 市場相場データベース | 6件 | 中央値2か月(1・2・2・2・3・4) | 上と整合。2か月を基準にしてよい |
したがって当社は、償却の記載がない案件の試算に賃料2か月を使っています。
「%」で書かれていたら月数に直す
ここに罠があります。同じ「2か月」でも、保証金が小さい契約ほど%に直すと重くなるからです。
当社の実測では、賃料2か月の償却は保証金に対して15.6%から33%まで振れました。保証金が賃料12か月の契約なら約16%ですが、保証金が賃料6か月の契約なら33%になります。
「償却20%」と書かれていても、保証金の大きさが分からなければ負担は分かりません。必ず月数に換算して比べてください。
契約書で見る5つの数字|預託額・償却額・控除額・返還額・返還時期

保証金の条項は、5つの数字に分解すると誤読しなくなります。契約前にこの5つが埋まるかを確認してください。
- 預託額|契約時に預ける金額(賃料の何か月分か)
- 償却額|最初から返らない金額(月数に換算したか)
- 控除額|未払賃料・損害金・原状回復費など差し引かれるもの
- 返還額|預託額-償却額-控除額
- 返還時期|明渡し後◯日、決算後など
特に注意すべきは控除額です。原状回復費を償却に含める契約と、償却とは別に実費を請求する契約があります。後者だと「償却2か月で済む」と思っていた読者が、さらに数百万円を請求されます。
契約書に原状回復の範囲(スケルトン返しか現状有姿か)が書かれているかも、同時に確認してください。
償却には消費税がかかる|住居用とここが違う
見落とされやすい論点です。返ってこない部分には消費税がかかります。
国税庁の消費税法基本通達5-4-3は、こう定めています。
「建物又は土地等の賃貸借契約等の締結又は更改に当たって受ける保証金、権利金、敷金又は更改料…のうち賃貸借期間の経過その他当該賃貸借契約等の終了前における一定の事由の発生により返還しないこととなるものは、権利の設定の対価であるから資産の譲渡等の対価に該当するが、
当該賃貸借契約の終了等に伴って返還することとされているものは、資産の譲渡等の対価に該当しないことに留意する」
整理します。償却=課税、返る部分=不課税です。
| 部分 | 消費税 | 理由 | nightmaの評価 |
|---|---|---|---|
| 償却(返らない) | 課税 | 権利の設定の対価に当たる | ★資金計画に消費税分を乗せる |
| 返還される部分 | 不課税 | 対価に当たらない | 預け金なので当然 |
住居用の賃貸は非課税取引なので、この論点が出てきません。店舗の記事を読むときに住居向けの解説を混ぜてはいけない理由がここにある。
いつ戻るか|「解約したとき」ではなく「明け渡した後」
ここから第2部、出る時の話です。最初に押さえるべきは返還の時期だ。
民法第622条の2第1項は、返還義務が生じる場面を2つ挙げています。
第1号は「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」。つまり解約しただけでは戻りません。物件を明け渡して初めて返還義務が生じます。
原状回復工事が長引けば、その分だけ返還は遅れます。工事期間中の賃料も発生する契約が一般的だ。明け渡しと引き渡しの違いを押さえておくと、資金繰りの読み違いを防げます。
閉店の資金繰りで起きること
保証金を閉店費用の原資にする計画は、時間差で破綻します。順序が逆だからです。
原状回復費を払って明け渡し、そのあとに保証金が戻る。先に出ていき、後から戻るという順序です。手元資金がなければ工事に着手できません。
最後の家賃を保証金から充当させることはできない
実務で最も多い誤解です。借主の側から「最後の2か月分は保証金から引いてください」とは言えません。
民法第622条の2第2項は、賃貸人は債務の弁済に敷金を充てることが「できる」と定めたうえで、「賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない」と明記しています。
充当するかどうかを決めるのは貸主側だ。借主に選択権はありません。
したがって最後まで賃料は払い切る前提で資金を用意してください。払えなければ滞納になり、保証金から差し引かれたうえに契約解除の理由にもなります。家賃を滞納したまま閉店した場合の帰結は別途整理しています。
居抜き・事業譲渡で保証金はどうなるか|買い手には引き継がれない
当社への相談で最も誤解が多い論点です。店を譲っても、保証金は買い手に引き継がれません。
民法第622条の2第1項第2号が、返還義務の生じる場面としてこう定めています。「賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき」。
つまり賃借権を譲渡した時点で、貸主は売り手に保証金を返還する義務を負います。買い手は自分の名義で、あらためて保証金を差し入れます。
お金の流れ
実務では3つの動きが同時に起きます。混ぜて考えると手残りを読み違えます。
| 項目 | 誰から誰へ | nightmaの評価 |
|---|---|---|
| 保証金の返還 | 貸主 → 売り手 | 償却分は戻らない。控除も入る |
| 保証金の差し入れ | 買い手 → 貸主 | ★買い手の初期費用。ここを忘れると商談が壊れる |
| 造作譲渡代金 | 買い手 → 売り手 | 保証金とはまったく別の金銭 |
造作譲渡代金と保証金を同じ袋に入れて計算している相談が実際にあります。この2つは別物だ。
なお貸主の承諾なく賃借権を譲渡することはできません。承諾が取れるかどうかが、取引全体の前提になります。
【NightMA 専門家の視点】
売り手の手残りは「造作譲渡代金」だけでは決まりません。保証金がいくら戻るか、原状回復を免れるかの2つが同じくらい効きます。
スケルトン返しなら原状回復費が出ていき、保証金からも控除されます。居抜きで次の借主に渡せば、その工事費が消える。同じ店でも手残りが数百万円単位で変わる局面だ。
同じ理屈で効くのが厨房・空調のリース残債です。残債を抱えたまま閉じれば一括精算を求められますが、引き継げれば消えます。保証金と並べて手残りに算入してください。
当社はM&A(事業譲渡・株式譲渡)・居抜き・造作譲渡の3つを扱っているため、保証金・原状回復・造作代金を合算した手残りで比較して、どの出口が有利かを設計できます。居抜き売却とM&Aの選択も合わせて確認してください。
ビルの持ち主が変わったら|借主が変わる場合と向きが逆になる

テナントビルが売買されることは珍しくありません。このとき保証金がどうなるかは、前章と逆の答えになります。
民法第605条の2第1項は、対抗要件を備えた不動産が譲渡されたとき、賃貸人たる地位は譲受人に移転すると定めています。そして同条第4項が保証金の扱いを決めています。
「賃貸人たる地位が譲受人…に移転したときは、…第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人…が承継する」
つまり新しい貸主が返還義務を引き継ぎます。借主は新オーナーに対して保証金の返還を求められます。前のオーナーに預けたから戻らない、ということにはなりません。
同じ「承継」でも向きが逆になる
ここを混同した相談が実際にあります。どちらが変わるかで答えが反転するからです。
| 変わる当事者 | 保証金 | 根拠 | nightmaの評価 |
|---|---|---|---|
| 借主が変わる(事業譲渡・居抜き) | 承継されない。売り手へ返還し、買い手が新たに差し入れ | 民法622条の2第1項2号 | ★手残り計算に直結 |
| 貸主が変わる(ビルの売買) | 返還債務は新しい貸主が承継 | 民法605条の2第4項 | 借主は新オーナーに請求できる |
なお同条第3項は、賃貸人たる地位の移転は所有権移転の登記をしなければ賃借人に対抗できないと定めています。オーナーが変わったと通知された際は、登記を確認してから支払先を変更してください。
同じ構図は許認可にも出ます。飲食店営業許可は事業譲渡なら承継できますが、保証金は承継されません。事業譲渡で何が移り、何が移らないかは、権利ごとに分けて確認する必要がある。
店舗では「敷引きが高すぎる」と争えない|住居の理屈は通らない
住居の賃貸では、敷引き特約が高額にすぎるとして争われてきました。その武器は店舗にはありません。
根拠は消費者契約法第2条第1項です。同項は「消費者」をこう定義しています。
「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」
店舗を事業のために借りる以上、法人はもちろん個人事業主も「消費者」に当たりません。消費者契約法が適用されない以上、不当条項を理由に償却条項の効力を争う道は閉ざされています。
国交省のガイドラインも効かない
原状回復で引き合いに出される国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインも、店舗には当てはまりません。
同ガイドラインは対象を民間賃貸住宅としており、原状回復の定義も居住による建物価値の減少を前提にしています。位置づけについても「その使用を強制するものではなく」「法的拘束力を持つものでもない」と自ら明記しています。
事業用店舗にそのまま当てはめている解説は少なくありません。2026年現在、これは誤りだ。店舗では契約書の特約がそのまま効きます。
【提言】
店舗の保証金と原状回復は、署名した時点で勝負がついています。あとから「高すぎる」と主張する法的な足場が、住居と違って用意されていないからです。
交渉できるのは契約前の一度きりだ。償却の月数、原状回復の範囲、返還の時期。この3つは契約書に落とす前に詰めてください。
すでに契約してしまった場合に動かせる余地があるのは賃料のほうです。借地借家法32条にもとづく減額請求は、保証金と違って契約後でも法的な根拠があります。
返還額の計算|どこで削られるかを数字で追う
最後に、戻る額がどう決まるかを順に追います。以下は構造を示すための計算例で、実額は契約条項によります。
前提を置きます。保証金300万円、償却は賃料2か月分で60万円、未払賃料20万円、原状回復費50万円とします。
| 項目 | 金額 | 性質 |
|---|---|---|
| 預託額 | 300万円 | 契約時に差し入れ |
| - 償却額 | 60万円 | 最初から戻らない(消費税の課税対象) |
| - 未払賃料 | 20万円 | 債務として控除 |
| - 原状回復費 | 50万円 | ★償却に含む契約と別途実費の契約がある |
| = 返還額 | 170万円 | 明渡し後に返還 |
削られ方の順序を見てください。最も大きく動くのは原状回復費です。ここが居抜きで渡せるかどうかで消えます。
仮に居抜きで次の借主に渡して原状回復を免れれば、返還額は220万円になります。同じ契約でも50万円の差が出るという構造だ。
よくある質問
相談の現場で繰り返し聞かれる疑問を、条文にもとづいて整理します。
契約書に「保証金」とあれば敷金ではないのですか
名称では決まりません。民法第622条の2第1項は「いかなる名目によるかを問わず」担保目的で交付された金銭を敷金と定義しています。保証金という表題でも、担保目的であれば同条が適用されます。
償却と敷引きは違うものですか
呼び方の違いで、戻らない金銭という点は同じです。「償却」は保証金の一部を返還しない条項、「敷引き」は退去時に定額を差し引く仕組みとして使われます。いずれも月数に換算して比べてください。
保証金はいつ返ってきますか
民法第622条の2第1項第1号により、賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたときです。解約の意思表示をした時点ではなく、明け渡しが完了した後になります。実際の支払日は契約で定めた時期によります。
居抜きで譲渡したら、保証金は買い手が引き継ぎますか
引き継ぎません。民法第622条の2第1項第2号により、賃借権を適法に譲り渡した時点で貸主は売り手へ返還する義務を負います。買い手は自分の名義であらためて差し入れます。造作譲渡代金とは別の金銭として計算してください。
償却に消費税はかかりますか
かかります。消費税法基本通達5-4-3により、返還しないこととなる部分は権利の設定の対価として資産の譲渡等の対価に該当します。返還される部分は対価に該当せず、課税されません。
敷引きが高すぎる場合、減額を主張できますか
店舗では困難です。消費者契約法第2条第1項の「消費者」から、事業として又は事業のために契約の当事者となる個人は除かれており、法人も対象外です。住居の賃貸で使われてきた不当条項の主張は、事業用店舗では使えません。
まとめ|見るべきは名称ではなく償却条項
2026年現在、店舗の保証金について確認すべき順序は次のとおりです。
- 名称(敷金か保証金か)ではなく償却条項を読む
- 償却が%表記なら月数に換算する(当社実測は賃料2か月が基準)
- 原状回復費が償却に含まれるか、別途実費かを確認する
- 返還時期が「明渡し後」であることを前提に資金繰りを組む
- 最後の賃料を保証金から充当させることはできないと理解する
- 譲渡を考えるなら、保証金は買い手に引き継がれない前提で手残りを計算する
- 住居向けの解説(国交省ガイドライン・消費者契約法)を店舗に当てはめない
保証金は、当社の372件で中央値が賃料6か月分です。月50万円の物件なら300万円が動きます。この規模の金銭を、名称の違いという表層で判断してはいけない。
NightMAの経営提言:
保証金は「預けたお金」ではなく、出口で初めて金額が確定する資産だ。償却で削られ、原状回復で削られ、明け渡して初めて戻る。
そして削られ方は、閉じるか譲るかで変わります。スケルトンに戻せば工事費が出ていき、居抜きで渡せばその工事費が消える。契約書を読む段階で、出口の形まで決まっている。
nightmaはM&A(事業譲渡・株式譲渡)・居抜き・造作譲渡の3つを扱い、保証金・原状回復・造作代金を合算した手残りで出口を設計します。契約書の償却条項をどう読むかの段階からご相談ください。
